黎明期:本を解き放つ
電子書籍の歴史 その1で見てきたように、先人たちは読書に様々なテクノロジーを導入しようとしてきました。それらは本の「読み方」を変える試みでした。
1930年になると、「本そのもの」についての定義を変えてしまうような重要なマニフェストが発表されます。連載二回目ではそれを発表したボブ・ブラウンのおどろくべき先見性をご紹介したいと思います。
#ボブ・ブラウン(1886-1959)シカゴ生まれ
1930年 : ボブ・ブラウンの「リーディーズ」
アヴァンギャルド作家として活躍していたボブ・ブラウンは、音声つき映画「トーキー」を初めて見たあと、本も映画と同じくテクノロジーによって大きく変化するというアイディアを得ます。そして1930年にパリで発行されていたアヴァンギャルド雑誌「transition(トランジション)」の19/20号に「リーディーズ」という文章を発表します。そこには彼の空想する、本と読書を変える機械の概要が書かれていました。
#この雑誌はシルヴィア・バーチのシェイクスピア&カンパニー書店が発行していました。
ブラウンはこの機械で10万語の小説を10分で読めることを望んでいました。そして、重い本を手で支えることも、面倒なページめくりも、きれいに保存することの大変さもすべてテクノロジーが解決し、本は終わりに向かうと予測しています。
また、トーキーが映画の作り方を変えたように、リーディーズは本の作り方も変えると考えました。
リーディーズの概要
「リーディーズ」とよばれるその機械の特徴は以下のとおりです。
- 旅行かばんくらいの箱に詰められていて、どこにでも持ち運ぶことが可能。
- テキストはタイプライターのリボンより細い透明のテープに新しい写真技術で超小型印刷される。
- 備え付けのレンズの下に取りつけられた溝をテープが水平に流れる。
- この機械は一度に一語だけを高速に映し出す。
- 文字の大きさを調整したり、テープの流れる速さを見ながら調整することもできる。
- またテープの流れを逆にすることもできる。
#リーディーズのプロトタイプ。こちらにFirefoxで動作するシュミレーターがあります。
ボブ・ブラウンの先見性と現在
○フォントの大きさを変えられる
大量に生産される本を個人の好みに合わせられるというブラウンの考えは、現代になり電子書籍やブラウザでフォントの大きさを変えらることで実現されています。
○高速に読むための工夫
現在、Spritzという、一度に一語を高速でうつしだすことで読書を早めるサービスが登場しています。
○紙とインクを必要としない出版
紙の段階を経ないことで作者の書いたものが読者に届くまでの時間は大幅に短縮されます。ネットでの書き手と読み手の関係を連想させますね。
「言葉は何でもできる、何にでもなれる」とブラウンは書いています。「私が主張したいのは私たちの持つ言葉のもっと良い読まれ方、機械によって読まれるべきだということだ。言葉はもっと動くんだ。」ブラウンが求めていたのは読書の便利な補助装置でなく、本のあり方と読書そのものを変えてしまう革命でした。
リーディーズのその後
ブラウンは記事を書籍化し、150部印刷しました。そこにはリーディーズ向けのサンプルストーリーまで入っていました。しかし、ブラウンの熱意に反して、結局、この機械は製作されることはありませんでした。また、後に続く本とテクノロジーの挑戦者たちも彼のアイディアを採用することはありませんでした。
「書物は瓶詰めだった。そろそろ蓋をはずしてもいいころさ。」
ブラウンはそう言いました。そして、その蓋がはずれるのはかなり先のことなのでした。