愛書家日誌

- a bibliophilia journal -

獄中の読書家たち

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読書をするのに一番いい場所

みなさんは読書をする時のお気に入りの場所はありますか?

少し通りからはなれた人の出入りが多すぎないカフェや昼下がりの公園、日曜の午前中のベッドの上で。読書家たちは自分の場所を見つけて本を読みます。静かでひとりになれる場所が本の世界に没入させてくれます。

それらの条件をみたす、あまり一般的でない場所があります。そこで読書に目覚め、その後の人生が変わった人たちをご紹介しましょう。獄中の読書家たちです。

マルコムX

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ニューヨークのハーレムでハスラーをしていたマルコムは1946年、21歳の時に強盗の罪でチャールズタウン州立刑務所に入れられます。ハスラーとはポン引きや非合法ギャンブル、ドラッグの密売などで生計をたてるギャングのことです。境遇にめぐまれなかった人たちが悪にそまってしまった時の、ありふれた末路でした。

1948年に移送されたノーフォークの犯罪者コロニーには一つの特徴ありました。そこにはある富豪が寄贈した大量の本があったのです。図書室には本があふれかえり、書棚に入らない本は奥のほうに箱詰めにされていました。マルコムは気まぐれにそれらを手に取り、やがて本の世界に惹かれていきます。

問題はこれまでハスラー人生を送ってきたマルコムが単語を知らないことでした。辞書を引き引き本を読むと大変時間がかかります。そこでマルコムはまず辞書の単語を覚えることにしました。辞書の内容を頭から全部ノートに書き写したのです。最終的には百万語にもなりました。

語彙が増えると読書は楽しくなり、彼を新しい世界につれていきました。次々に本を借り出し、消灯後も廊下の灯りをたよりに読書に没頭しました。その頃の睡眠時間は3、4時間だったそうです。読んでいたのは歴史書や宗教書でした。本を通じて彼はアメリカにおける黒人の歴史を知ります。

そんな中、ある受刑者からイライジャ師の思想を知り、彼はイスラム教に改宗します。これまでの人生を改心し、一人のイスラム教徒として生きることを選びました。そしてマルコム・リトルはマルコムXになったのです。「X」は白人につけられた姓ではない、今では知ることのできないオリジナルな姓をあらわしています。

出所後、彼はブラック・ムスリムの宗教的指導者として差別撤廃に向けて猛烈に行動を続けます。その詳細はスパイク・リーの映画「マルコムX」や「マルコムX自伝」に描かれています。

アメリカでもっとも怒れる男といわれたマルコムXは,、獄中の読書でつくられたのでした。

私の母校は本と良い図書館だった。私はただ好奇心を満たすためだけに残りの人生をすべて読書に捧げてもよいと思っている。 #マルコムX #本の名言  http://t.co/ceg0sQHudJ

 

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 ベルナール・スティグレール

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スティグレールは1952年生まれのフランスの哲学者です。哲学者が刑務所に入るのは政治犯や思想犯を想像しますが、彼の場合は違います。哲学者が犯罪を犯したのではなく、犯罪者が哲学者になったのです。獄中の読書によって。

スティグレールはパリに近いヴィルボン市で電気工の父のもとに生まれます。その後、パリ郊外のサルセル市に移りますが、多感だった彼は高校時代に左翼運動に加わります。ちょうど1968年の五月革命の頃でした。

その後、大学に進まず工員などの職を転々としますが、22歳の時にトゥールーズでジャズクラブを開きます。やっと人生が軌道に乗ってきたその時に彼は麻薬と酒にはまってしまいます。クラブの経営は傾きはじめ、やけになった彼は度々銀行強盗をするようになりました。そして1978年、4度目の時にとうとう逮捕されてしまうのです。

服役は5年におよびました。つらい現実に耐えるために彼は一つのゲームを発明します。哲学の問題を徹底的に考えることで自分を現実から切り離すことにしたのです。そのために彼二週間に及ぶハンガーストライキを行い、独房を獲得しました。

やがて、彼のジャズクラブの常連だったトゥールーズ大学哲学科のジェラール・グラネル教授が面会に訪れます。彼はスティグレールが自由に本を読めるように刑務所にかけあい、哲学者のジャック・デリダに手紙を出すように勧めました。スティグレールは通信教育で大学の学位を取得し、1981年の仮出所の時にデリダが論文指導を引き受けてくれました。

その後、哲学者としてめきめきと頭角を現し、1988年からはコンピエーニュ技術大学で教鞭をとります。そしてポンピドゥ・センター文化開発部ディレクターに着任するまでになるのでした。

「服役する前の私の人生がなかったら、私も他の多くの服役者のように社会と相容れない人間になっていただろう。」後にそのように振り返ることができるようになったのも獄中の読書のおかげかもしれません。

読書によって人生の新しい時代を歩み始めた者がどれほど多くいたことだろう。 - ヘンリー・デヴィッド・ソロー #本の名言 http://t.co/DhRzPwDctv